コラム
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作成日:2018/07/20
年齢という市場価値



先日、正社員と定年再雇用者の労働条件の相違をめぐり、労働契約法第20条にある「不合理な格差」の解釈についての最高裁判決が下された。

 

職務内容が変わらないにもかかわらず、定年再雇用後に賃金を下げられるのは納得がいかないとして運輸会社のトラック運転手が訴えた事件であるが、結果は一部手当を除き、第二審の結論(定年後の賃金引き下げは社会的に容認されているとし会社側が勝訴)を支持した内容となった。

そんなに納得いかなければ、なぜ辞めて他社をあたらないのかと感じられた方も多いと思う。手に職のあるトラック運転手なら、この人手不足の折、働き口は他にもあるのではないかと。

もちろん、家庭の事情等もあったかもしれないが、転職しなかった一番の理由は、60歳の定年再雇用者にとって、この会社ほどの好条件は他には見つからないからなのだろう。この会社の場合、実態としては定年前の年収の8割弱が支給されることとなっていたが、平均的な定年再雇用者の「落ち幅」を考えると、間違いなく厚遇の部類だ。

会社員の場合、一旦正社員で入社すれば、自らの労働の市場価値とは無縁となる。社内の相対的格差には敏感だが、外部市場とは意識を遮断して過ごす。定年を迎え、それまでの正社員としての契約は終了し、再雇用者としての新たな契約を結ぶ段になって、突然自らが市場価値にさらされる。そこには「年齢」という判断要素が、マイナス要素としていやおうなしに入りこむ。(年金などの公的給付を受けることができる「年齢」という意味も含めての判断だ。)

それは十分わかっているという人もいると思うが、正社員としての現役世代のうちから本当の意味で実感していることは少なく、やがてその時が到来し、我が市場価値の下落に愕然となる人が大半だろう。偏見だ、差別だと言われようと、これが労働市場の現実ということを冷静に理解してほしいと思う。

「若年」に対する市場の期待とは、肉体的・精神的な若さの現在価値というより、今後の労働提供の長さと深さに対する期待、つまり、これから貢献してもらう時間の長さと能力の「伸びしろ」への期待なのだろう。
 

なにも雇用の世界に限ったことではない。

今期、なかなか移籍先が決まらなかったMLBのイチロー選手(残念ながら、今期はもう選手としてプレーせず、球団会長付特別補佐というポストに就任し、来季以降に選手として復帰する可能性を残す、という摩訶不思議な契約をした。)も、MLBには年齢という偏見が存在すると言った。ただそれも含めて市場の一つの判断だと思う。

もし、同じパフォーマンスで、彼が44才でなく29才だったなら、獲得に名乗り出た球団はもっと多くあっただろうことは想像に難くない。

 

年老いた者が若者をうらやむのは、その強靭な肉体やしなやかな感性に対してではない。若者には、何かを成し遂げるための時間が、まだ十分に残されていることに対してである。

 

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